歌舞伎で使われる定式幕とは?幕の種類や意味を解説
歌舞伎の幕といえば誰もが縦縞の3色が繰り返された幕を思い浮かべるのではないでしょうか。歌舞伎の象徴ともいえるあの3色の幕は「定式幕(じょうしきまく)」と呼ばれています。この記事では定式幕についての詳しい説明と、定式幕以外で歌舞伎で使われる幕の種類と意味について説明しています。
歌舞伎の幕について詳しく知りたい方はぜひご覧になってください。
歌舞伎で使われる定式幕とは
歌舞伎で使われる3色の幕は「定式幕(じょうしきまく)」と呼ばれ、江戸時代から使用されていました。「定式(じょうしき)」とは決まったやり方、定められた儀式という意味です。歌舞伎では大道具や小道具、衣装など芝居の内容や役柄によって形式が決まっているものがありますが、「定式幕」はそのうちの一つで「いつも使われる幕」という意味から呼び名が定着したものです。
歌舞伎では多くの種類の幕を使用しますが、中でも定式幕は芝居の幕開きと終幕に用いられます。
幕開きは、舞台に向かって左手の下手側から右手の上手側に向かって人力によって開かれ、終幕の場合はその反対で右手の上手側から左手の下手側に向かって引かれます。
西洋の舞台などでは幕は上下に開閉するのが一般的ですが、日本の歌舞伎の定式幕は左右に、しかも人力で引くという点が特徴的です。
定式幕が3色の理由
定式幕は黒色、柿色、萌葱(もえぎ)色の3色が縦に並んだ幕です。(※萌葱はネギの芽が出てきたばかりのような濃い緑色)
他に黒色、白色、柿色の3色の定式幕もあります。
定式幕がなぜ3色なのか、歌舞伎が伝統物であるからこそ歴史的な理由があるのではないかと考える人も多いでしょう。しかし実は定式幕になぜその3色が選ばれたのか明確な理由はわかっていません。
定かではありませんが、伝統文化とつながりのある「陰陽五行説」から定式幕の色が選ばれたのではないかと言われています。
陰陽五行説は、「陰陽説」と「五行説」からなります。陰陽説は世の中のものすべてが陰と陽の二つの要素でできているという考え方で、五行説は世の中のすべてのものを5つの要素に例え、それらが変化し、バランスを取り合いながら支えあっているという考え方です。
◆陰陽説
- 太陽(陽)と月(陰)
- 光(陽)と闇(陰)
- 火(陽)と水(陰)
- 男(陽)と女(陰)
- 表(陽)と裏(陰)
◆五行説の5つの要素
- 木(もく)草木が成長する様子を表す……青、緑
- 火(か)炎のような情熱的な性質を表す……赤
- 土(ど)万物を育む豊かな性質を表す……黄
- 金(こん)金属のような硬いものが変化する性質を表す……白
- 水(すい)生命の源である性質を表す……黒
このように五行説には5つの要素を表す色が存在しており、歌舞伎の定式幕で使われる3色はこの五行説の5色のうちから取ったのではないかとされています。
陰陽五行説の5色の色は歌舞伎の他にも馴染みのある伝統行事に用いられています。地鎮祭や鯉のぼりの吹き流し、七夕飾りの短冊や相撲の土俵上の屋根に付けられた房などの色がそうです。縁起を担ぐといった意味で歌舞伎でも陰陽五行説の3色が用いられているとも言われています。
定式幕の色は決まっていない?
歌舞伎公演に何度か訪れたことのある方の中には、劇場によって定式幕の色に違いがあると気づいた人もいるのではないでしょうか。実は定式幕は劇場によって配色に違いがあり、歴史が深く関係しています。
江戸時代に江戸で歌舞伎の興行が許された三つの歌舞伎座がありました。江戸三座(えどさんざ)と呼ばれる森田座(守田座)、市村座、中村座です。
江戸三座では、それぞれ決まった色の定式幕が使われていました。現在の歌舞伎座や国立劇場、中村座の定式幕の色は、江戸三座それぞれの定式幕の色と同じ色になっています。
江戸三座 | 定式幕の色(左から) | 現代 |
森田座(のちに守田座) | 黒色、柿色、萌葱色 | 歌舞伎座 |
市村座 | 黒色、萌葱色、柿色 | 国立劇場 |
中村座 | 黒色、白色、柿色 | 近代中村座 |
はるか昔に栄えた歌舞伎座それぞれの定式幕が、伝統的に現代にまで受け継がれていることがわかります。こうして定式幕の歴史に触れることで、また一つ歌舞伎の楽しみ方も増え、最初から最後までその世界観や奥深さを味わい尽くすことができるかもしれません。
定式幕以外に歌舞伎で使われる幕の種類と意味
歌舞伎では定式幕以外にも多くの幕が演出の中で使用されています。ここからは、いろいろな幕の種類と意味について説明していきます。
緞帳
緞帳(どんちょう)は上下に開閉する幕で、幕開きと終幕に使われますが、煌びやかで美しい柄や模様が織られているのが特徴です。緞帳の多くは美術織物の最高峰とも言われる綴り織で織られており、費用もそれなりに高価ですが、緞帳があることで会場全体が明るく豪華な雰囲気になります。
緞帳は歌舞伎だけでなく、オペラやミュージカルなどの劇場でも使われます。
浅葱幕
浅葱幕(あさぎまく)は舞台全体を覆うように吊るされる青色の幕のことです。空気や空の色、空間を表現していると言われ、幕を天井から落とし、幕を利用して一瞬で舞台を見えなくする「振り被せ」や、被せてある幕を一瞬で落として豪華な舞台を出現させる「振り落とし」の技法に用いられます。
定式幕が開くと浅葱幕がかけられており、合図があった瞬間に浅葱幕が振り落とされ舞台が出現するといったように、歌舞伎独特の演出方法として観客を楽しませています。
また現代では開幕する、行事が始まるなどの意味で「幕が切って落とされる」という言葉を使うことがありますが、その語源は浅葱幕のように歌舞伎で幕を振り落とした瞬間に舞台が始まるその様子から生まれたとされています。
道具幕
道具幕(どうぐまく)はつなぎとして次の場面にうつる時に使われる幕です。前後の場面に合わせた背景として、前後が山の話なら山幕、海の話なら浪幕、屋敷の話の場合は塀が描かれた網代幕(あじろまく)など種類が使い分けられています。
道具幕が降りている間はセリフなどがなく、浪幕のときは浪音、山幕のときは山おろしなど、それぞれの効果音が幕の前で演奏されることもあります。
消し幕
消し幕(けしまく)とは、舞台の進行で必要なくなった物や演出上亡くなった登場人物を舞台からおろす際に使われます。黒い幕か、赤い緋毛氈(ひもうせん)が用いられ、黒衣が消し幕を持ちながらゆっくりと舞台袖に移動することで消したい物を舞台上から撤去します。
人物が舞台中央のせりから上がってくるのを隠す目的でも使用され、舞台全体を隠すというよりも一部分だけを隠すための幕です。
霞幕
霞幕(かすみまく)は背景が白で水色の霞模様が描かれた横長の幕です。舞台に演奏者が出入りする際や、演奏していないときに演奏者を隠すために使われます。
歌舞伎で使われる幕まとめ
幕(ふりがな) | 特徴 | 色・模様 | 画像 |
定式幕 | (じょうしきまく)
幕開きは下手側から上手側に、 終幕は上手側から下手側に 人力によって開閉される3色が等間隔で縦に 繰り返されている幕陰陽五行説が幕の 3色の由来とされている江戸三座の定式幕がそれぞれ 現代に受け継がれている |
(森田座・歌舞伎座) (市村座・国立劇場) 黒、萌葱色、柿色(中村座・近代中村座) |
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緞帳 | (どんちょう)
上下に開閉する幕 幕開きと終幕に使われる 美術織物の最高峰とされる 綴り織で織られている 豪華な幕 |
豪華で美しい、 | 煌びやかな模様|
浅葱幕 | (あさぎまく)
舞台全体を覆う幕 空気や空の色を表す 天井から幕を一瞬で 落とす「振り被せ」や 被せてある幕を一瞬で 落とす「振り落とし」 の技法に用いられる |
青色 | |
道具幕 | (どうぐまく)
大道具の役割を持たせた 背景のような幕前後の場面に関係した 浪幕、山幕、網代幕 などがある道具幕に合わせた効果音が 演出される場合もある |
浪の模様 山の模様 塀の模様 |
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消し幕 | (けしまく)
消したい物や人物を 隠しながら舞台袖に 移動するための幕部分的に使用するため 対象物が覆われる くらいの大きさ |
黒または赤 | |
霞幕 | (かすみまく)
横長の幕 舞台に演奏者が出入りする ときや舞台上で演奏者が 演奏していないときに 隠す目的で用いられる |
白地に霞の模様 |
歌舞伎の定式幕の3色がどういった理由で選ばれたかについては不明ですが、陰陽五行説の色が由来であるという可能性はあります。
また、定式幕は江戸三座が栄えた時代から長い歴史を経て現代に継承され、昔も今も変わらず歌舞伎の象徴的な存在となっています。
浅葱幕は幕を一気に振り落として舞台を出現させたり、消し幕は演出上不要なものを隠したりと、幕の役割は歌舞伎の演出上無くてはならないものと言えるでしょう。
幕の種類と意味を知ることで、より一層歌舞伎を深く味わうことができるのではないでしょうか。さまざまな幕の役割にも注目しながら伝統的な歌舞伎を存分に楽しんでください。